好きになったら、負け




最近、俺は思うことがある。
生まれてこの方、誰かに対して真剣に向き合うことの無かった俺が、どこをどうしてこんな事態に陥っているのか。
眠っていても、女の子とデートしていても、ともすればレース中だって―――――。
24時間考えていると言ったって過言ではない。

これはもしかして……。

何度考えてみても、行き着く結果はただ1つ。
恋をしてしまった………のだろうか?
よりにもよって、男に。
しかも、あのフランツ・ハイネルに―――。


俺はいつから彼に惹かれていたのだろうか?
自分の記憶をゆっくり遡る。
そうしていつも浮かんでくるのは、自分の心の全てを見透かしているような、緑色。
最初に出会った日の事を、今でも鮮明に覚えている。
『初めまして』
耳に心地良いテノールボイス
握手というものは元来、友好の証ではないのか?と思わず聞きたくなってしまう程に、全く友好的ではない仏頂面。
しかし差し出された手は、レーサーのそれとは掛け離れたように細く、そこいらの女性にも負けてはいないくらいの透けるような白い肌だった。
ジロジロと凝視している不躾な俺に、ハイネルは更に不機嫌な色をのぞかせて訝しげに見つめている。
『―――…握手が嫌いなのか?』
はっと我に返った時には、先程まで目の前に出されていた美しい手は引っ込められていた。
『あ……いや、ごめん。ちょっとビックリしてて…』
と言いつつ、何が、とは聞かないハイネルの手を取り、両手で力一杯握った挙句、上下にブンブン振っていた。
『痛い、離せ』
不機嫌を通り越して、もはや怒っているのがありありと分かるハイネルに、おそらく俺は思い切り緊張していたんだと思う。
緊張しすぎてつい口から出た言葉が
『あんまりにも綺麗だから、レーサーにしておくのは勿体無いよね』

―――――そりゃあまあハイネルも怒るって。

パァンと乾いた音を立てて俺の頬に一発入れると、そのまま踵を返して帰って行ってしまった。
動くことも、ましてや追いかけることも出来ない俺は、ジンジンと痛む頬を手で擦っていた。
何だか分からない、胸のモヤモヤを押さえつけるかのように。


それから、俺の中のモヤモヤはずっと俺に纏わり付いている。
いつだったか、ハイネルがチームスタッフと珍しく楽しげに話しているのを目の当たりにしたことがある。
口の端を緩やかに上げ、長い睫が冷ややかなエメラルドにやんわりと影を落とし優しい光を放っている。
周りにいた全てのスタッフが思わず見惚れるような、そんな笑顔。
それが、本当のハイネルの素顔なのだろうか―――?
だとしたら、それを自分にも向けて欲しい。

ああ、なのにどうして―――――。

どうして、笑ってもらおうとジョークを言ったり、ビックリさせてみたりすればする程、空気さえも凍りつかせてしまうような顔になってしまうのか…?
―――それでも、そんな表情すら綺麗なんだよなァ と思ってしまう俺―――

どうして、スキンシップを図りたくて腕や肩に手を回せば、たちどころに殴り合いになってしまうのか…?
―――それでも、ハイネルに構ってもらえることが、ほのかに嬉しい俺―――


ああ、俺はマゾではない。


全ては、俺をイカレさせる為だけに生まれて来たとしか思えないハイネルが悪いのだ。多分……。
俺を見つめる、光を帯びたきつい眼差し
俺を翻弄させる、高飛車な物言い
頭が良いくせに、人の気持ちに鈍感――。
そのクセ
レースやマシンにかける情熱は、決して誰にも負けてはいなくて
子供のように、瞳を輝かせて好きなものに夢中になれる

ああ、何て可愛いんだ!!!
全て俺のツボじゃないか!!!!!

もうこうなってしまっては、ハイネルの存在自体が対俺用の武器なのではないのかとさえ錯覚してしまう。
だから、どんなに足掻いても、結局白旗を揚げるのは俺なのだ。
俺には見せてはくれないけれど、ハイネルの優しさに触れることが出来たなら。
きっと最高の恋人になれる。
その道はまだまだ遠いけれど、諦めるつもりはない。
手に入れた喜びは、レースも恋愛も同じ。

俺にとっては、魔法の媚薬―――――。







END



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